リバーサルフィルムが好きです

PENTAX-KX(メイン)、セミイコンタ、Flexaret VIで今年は撮ります。Rollei35も欲しい。Instagram:akko0920jp

写真SNSとイイネを欲する気持ち(個人的意見)

大変残念な気持ちになるマナー違反による写真撮影が炎上して、炎上が起こるとその主をすごい速さで特定し(これもすごいよね。。)、その主を叩きまくる、という嫌な流れが続いています。

 

今回のルミナリエの件でも、ついったー結構見てしまっていたのですが「こんなのわざわざ報道番組で取り上げるほどのことじゃない」という意見もありました。確かに、マスコミが炎上を助長している節があるなとも思うのです。でも実際には報道されなくても以下のようなことは起こっています。

 

これだからカメラ勢は・・・と言われる

必要以上に人が叩かれる不寛容社会

マナー違反の人がきっかけとなって有名な木が伐採される

京都がカメラお断りだらけになる

 

 

なんかもう全部嫌だ。そして思う「インスタ映え」なんてことば無くなれ。なんならむしろデジカメ無くなれ。まで最近思う。

でもどうやったって「インスタ映え」的なものはなくならない。むしろ「インスタグラム自体が悪い」訳じゃない。そしてきっと日本の報番組も変わらない(みんな団子になって同じことばっかり言ってる)

 

では、使う側から変わらないとな、と思う。さてどうしたら。

 

私は思う。

みんな、日常生活でもっと人を褒め合えばいい

んではないかと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

私は、写真SNSにおける「イイネ」は、承認欲求を満たすものだと思っています。誰だって「それいいね!」って言われたら嬉しい。でも悲しいかな、日本人はあまり人のことを褒めないな、と思う。

 

「それいいね、そんなことできるのすごいね!」というポジティブワードが職場(最近の学校は知らんので)で出ることはなく、大体は「なんだおまえそんなこともできないのか」みたいな評価。

 

人より得意なことを認めて伸ばす、というよりは、平均に足りないことを穴埋めして平均に近づこうとする取り組み方。

 

子供はまああれだけど、大人になってから「褒められる」ってホント減るなあと思う。

人を褒めるのも、褒められるのも、恥ずかしいんだろうなと思う。特にね、褒められたらどうしていいかわからんよね。「そうなんですすごいでしょー!」って言ったら馬鹿だと思われるし、「いやいやいやいやそんなそんな」って謙遜しまくるのも疲れる。(さらっと「えーほんと、嬉しい、ありがとー!」がスマートなのかな。)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それに比べて、SNSはいいよね。イイネぼたん一つで人を褒められる(褒める、まで直接的でないけど、好意は示せる)し、称賛コメントも顔出し無しで言える。褒められた側もどんな顔して嬉しがってるか見せなくて済む。結果、「褒め合い」がしやすいんだろうなと思うのです。なのでSNSには「いいねを押し合う」(褒め合う)行為がふつうにあります。

 

実社会で褒められにくいことがある人の場合、SNSで他者からの称賛を得ることにすごい意味を見出しちゃう人、居るよなって思うんです。具体的に炎上起こした人は私は知らない人なので、普段の生活で褒められてるかどうかは知らないですけどね。。人は基本的には、褒められて(いいねって言われて)嫌だって人はいないと思うので。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

とはいえ、デジカメはものすごく進化し、スマホですらきれいな写真が撮れるようになりました。こうなると、もはや普通の写真では「いいね」がもらえなくなります。何か特別なことをしないと。(この「特別」のひとつとして、若者が一部フィルムカメラに流れた、とも言われているようです。ウワサです。)

 

SNSでイイネを貰うことにすごい価値を置いている人だと、この状況だと無茶する人も出るだろうなと思うのです。珍しい構図を工夫するくらいならいいですけど、人が入りにくい場所に入る、きれいなおねえさんのリクルート(してさらに無茶する)、構図に邪魔な植物をひっこぬく、寄ってくる観光客をどかす、信号機に登る、人の畑を踏み荒らす、、、写真界隈でSNSしてる人なら、聞いたことがあるものも、あるとおもいます。

 

そうまでして得た「いいね」が何になるのか、って冷静に思う人が多数だと思います。でも、そういう「いいね」がかなりリアルな意味での「生きがい」になっちゃってる人は、結構いるのではないかなと思うのです。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

だから、私は思う。私たちはもっと実生活で褒め合っていい。

 

仕事の関係で少しの間アメリカに拠点を置いてみたのですが、アメリカでびっくりするのが「褒め言葉の発動レベルの低さ」です。具体的には、「ちょっとできたらGood」「ふつうにできたらエクセレント」「期待を上回ったらマーベラス」くらいの感触でしょうか。日本より+3段階くらいで褒められます。

もちろんこのように人を褒めまくることが、良くない結果を生むこともあるそうですけどね。苦手なことばかり指摘され続けるより、苦手なことも指摘されるけど出来ることは褒めてもらえる、社会のほうが良くはないですか。

互いに褒め、褒められ、実社会での承認欲求を満たしていけば、姿かたちの見えない「ネット社会でのイイネ」のために無茶する人、減らないですかね。だって実社会に承認されているから。満足してるから。虚像の世界で無茶せずとも、そんなに不幸じゃなくなるのではないか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

欠点を見つけて上げ足を取るよりも、その人がすごいと思うことがあれば褒める世界がいい。

シャッター切ったらめっちゃきれいに撮れちゃうデジカメの開発は終わらない。写真SNSが無くなることもない。そんな大きな話はカメラユーザー一人が何を思っても変化させることはできない。

でもカメラユーザーがイイネ求めて無茶することを抑制することはできるかもしれない。人に迷惑かけてまでSNS映えに血眼になる必要はないぞ、と思う人が今より増えればいいなあと思う。

 

やっちゃった主をたたくのは簡単だ。どうしたらそういうヒトが減るかを考えるほうが、カメラユーザーにとっては建設的かな、と時差ぼけの頭で思います。

 

 

Akko